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瀬戸内に花開いた京文化
四季彩る華麗な祭り

 

 近世に入り、広島が城下町として発達してくると、瀬戸内航路に結ぶ商港としての機能は広島に移るが、厳島神社とその門前町宮島は、毛利氏の後を受けた福島氏、浅野氏歴代藩主の崇敬と保護政策に支えられ隆盛を続ける。
 浅野氏の時代には、幕府の命令で全国的には禁じられていた「富くじ興業」が、宮島だけは特別に許可され、その収益金のかなりの額が島民のために使われたという。
 また平安時代には平家一門によって京都から伝えられた舞楽や能を始め、町民の間でも狂言、歌舞伎などもこの瀬戸内の島にすっかり根付いて、しばしば演じられている。さらに和歌や連歌の会が開かれるなど、中央から遠く離れた瀬戸内の地に、豊かな京文化が花を咲かせた。
 厳島神社には、長い伝統を持つ多彩な祭りや神事もあり、四季を彩っている。中でも毎年旧暦6月17日に催される管絃祭は、平安の王朝絵巻を今に伝える華麗な祭典である。
 イベントや観光的な行事が少なかった時代、庶民はこうした祭りを通じて、宮島をさらに身近に感じて信仰を深めるとともに、日々を心豊かに生きるための糧ともしていた。
 ところで宮島土産といえば「しゃくし」が有名だが、この「しゃくし」は寛政年間(1789―1800)に宮島の光明院の修行僧誓真(せいしん)が、当時厳島の女神を弁財天とする大衆信仰があったことから、弁財天の琵琶にヒントを得て考案した。そして島の人たちにその作り方を教えて普及し、これが今日の宮島を代表する土産品となった。


管絃祭

どう保つ信仰と観光のバランス

 宮島を訪れた観光客は、平成2年に過去の285万人(宮品観光協会調べ)を記録した。石油ショックの影響などで、観光客が200万人を割った年もあったが、この30年間を通じての流れとしては、新幹線の開通、NHK大河ドラマ「新平家物語」の放送、海と島の博覧会、アジア競技大会、NHK大河ドラマ「毛利元就」、「世界遺産」への登録など折々のプラス材料を順調に吸収して伸び続けてきた。
 しかし、紅葉シーズンの11月は、年間を通じて宮島の観光客がいちばん多い季節だが、平成4年以降減少傾向にある。この年の台風で、宮島のシンボルともなっているモミジが塩害を受けたことが誇張して伝えられ、観光客の足を鈍らせる結果となったのか。あるいは全般的な景気の後退の影響もがあるのかも知れない。

 「歴史と自然、心ときめくロマンとの出逢い」これは宮島の観光パンフレットのキャッチフレーズである。しかし観光客が増えてきたのにつれて「信仰の島」とか「古い歴史の島」といったイメージが稀薄になってきたのではという声も聞かれる。一方観光客による回廊など文化財への落書きなど“観光公害”も後を絶たない。こうした中で“信仰の島”と“観光の島”を両立させるため、宮島はどうバランスをとっていくのか。豊かな自然と、優れた文化遺産を持ち、観光地として優位な立場を保っている宮島が、これからも問い続けなければならない古くて新しい課題である。


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