前のページ 次のページ

俳句といしぶみ

伊予路の旅は句碑めぐり――。

 それほど、伊予路の句碑は数多く目に付きます。古くから俳諧の盛んな土地であったことと、正岡子規をはじめ明治以降、中央俳壇の主流を形成する著名な俳人を輩出し、全国屈指の俳句人口を持つためでしょうか。
 その句碑の数は文学碑の中でも最も多く、有名無名俳人、個人邸宅のもの含めると千基を超すものと見られています。


県下で最も古い句碑

 愛媛県下で最古の句碑は、寛保3年(1743)建立の松尾芭蕉「薬のむさらでも霜の枕かな」(久万高原町・大宝寺)、「八九間空へ雨降る柳かな」(松山市・大山寺)です。いずれも芭蕉50回忌のもの。西日本ではこれほど古い句碑は珍しく、早くから芭蕉崇拝の傾向があったことを示しています。一度も伊予路を訪れていない芭蕉ですが、さすが「俳聖」の貫禄ですね。

句碑No.1は

 県下で最も句碑の多い俳人―これは何といっても郷土が生んだ近代俳句の先駆者・正岡子規をおいて他にありません。

俳聖芭蕉を抑えてトップ。芭蕉40基に対して子規70基です。ただ、子規の場合は中予(松山市周辺)に集中しているのが特徴(東予は3基のみ南予はゼロ)。芭蕉の場合は県下一円に句碑があります。
 最も句碑の多い町―これはもう松山市です。街全体が句碑公園といった感じですね。旧松山市で109人、およそ270基の句碑があり断然トップ。次いで旧北条市の39人70基、新居浜市の30人48基となっています。
 こうしたことを念頭に置き、これから代表的なもの45基をピックアップしました。句碑めぐりの手引きとして、あるいはその俳人の生きざま、作風を知っていただくガイドとしてお役立てください。



小林一茶 阿部里雪 川本臥風 酒井黙然 川端龍子
織田子青 仙波花叟 富安風生 松永鬼子坊 三由淡紅
池内たけし 佐伯巨星塔 夏目漱石 森田雷死久 五百木瓢亭
石田波郷 宇都宮丹靖 内海淡節 大原其戎 奥平鶯居
河東碧梧桐 栗田樗堂 篠原 梵 下村為山 高橋一洵
高浜虚子 高浜年尾 種田山頭火 富田狸通 内藤鳴雪
中村草田男 西岡四十王 野間叟柳 野村朱燐洞 波多野晋平
正岡子規 村上壺天子 村上霽月 森薫花壇 柳原極堂
西村泊春 富沢赤黄男 芝不器男 松尾芭蕉 松根東洋城

 

Copyright© UNIC.LTD. 1977-2012 All Right Reserved.