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川本臥風
川本臥風の碑 川本臥風の句 川本臥風の肖像

 俳誌「いたどり」を主宰していた川本氏が死去したのは昭和57年12月のこと。享年83歳であった。谷野予志(「炎昼」主宰)とならぶ学者俳人。臥風はドイツ文学専攻。京都大学文学部卒。松山高校―愛媛大学教授。
 明治32年1月、岡山県生まれ。本名。正良。六高から三高に移ったが、六高時代に俳句の手ほどきを受けた。大正11年「ホトトギス」から離れ臼田亜浪に師事した。
 昭和25年「いたどり」を発刊。松高俳句会から篠原梵、八木絵馬、小川太朗らが巣立った。句集が多くあり「樹心」「城下」「持田」「梅本」など。「梅本」は喜寿と「いたどり」300号を祝って教え子らが発行した。
 退官後も句作を活発に続け、心静かに平明な言葉で句が綴られている。「無事これ大事」「細くながく」が口ぐせで「私の俳句は寂光という言葉に象徴される」と語っていた。
 新居浜市の船木神社境内にあるこの句碑は、昭和29年、地元船木いたどり会員らの手によって建てられた。

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