前のページ 次のページ

高橋一洵
高橋一洵の碑 高橋一洵の句 高橋一洵の肖像

 明治32年、松山市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、松山高商、松山商大でフランス語、政治学を教えた。気さくな人柄、天衣無縫の生き方、絶妙の話術は多くの人の心をとらえた。愛媛県下各地からの講演依頼も多く、どんな辺地へも足を運んだ。
 学問分野は宗教、文学、政治哲学と多岐にわたり、インド哲学の研究でも深いものを持っていた。 山頭火との親交はあまりにも有名。彼の来松後はもっぱらその後援にあたり、一草庵を建てるなど、山頭火の晩年を語るには欠かせぬ人である。
 また、一燈園の西田天香師とも親交があった。山頭火とともに自由律俳人であり、層雲同人でもある。号は父親“一筍”にちなみ“一旬”としていたが、山頭火のすすめで“一洵”と改める。本名は始(はじめ)。
 昭和33年、59歳で他界。書画においても評価は高く、俳句と同様、人徳を表すような洒脱な筆使いは味わい深い。

 まなぶことはきびし鴉ないてゆく
 どこかで牛ないている赤い夕日

Copyright© UNIC.LTD. 1977-2012 All Right Reserved.