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野村朱隣洞
野村朱隣洞の碑 野村朱隣洞の句 野村朱隣洞の肖像

 本名守隣(もりちか)。明治26年松山市生まれ。少年時代から俳句を始め、同43年愛媛新報俳壇に「島清水あるを知りてや舟の寄る」が入選、18歳にして凡ならざる天性の片鱗を見せた。翌年「一六夜吟社」を結成、主宰、更にその翌年には20歳の若さで海南新聞俳句欄の選者になっている。
 その若い詩心は、有季定型という古い伝統の中には定着し得なかったのか、井泉水の「層雲」創刊とともにこれに走り、大正5年その選者となった。「風ひそひそ―」は、わずか20代の作家とはいえ沈潜したその詩情は、すでに定かな「朱燐洞俳句」を形成していた。
 しかし、その生涯はあまりにも短く、大正7年10月31日流感がもとで忽然として世を去った。26歳。井泉水は昭和46年2月25日付の愛媛新聞に載せた追悼記の中で、朱隣洞の作品、俳論、選句眼を讃え「心ひそかに、層雲の後継者は朱隣洞のほかにないという気がしていた」と書いている。俳句の里めぐり城下コース第5番。

 小さき火に炭起し話し暮れてをり

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