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芝不器男
芝不器男に碑 芝不器男の句 芝不器男の肖像

 明治36年北宇和郡松野町生まれ。不器男という名前は、父が論語の「君子不器」(君子は器ならず)からとったと言われる。宇和島中学から高松、東大と進んだが、大正14年4月東北大工学部に転じた。
 俳句ははじめ長谷川零余子の「枯野」に拠ったが、大正14年秋ごろから吉岡禅寺洞の「天の川」に投句。翌年にはたびたび同誌の巻頭を飾って注目を浴び、さらに「ホトトギス」に載った望郷の句「あ奈た奈る夜雨の葛のあなた可南」が、虚子の名鑑賞を受け、不器男時代の到来を告げた。
 大学中退後「天の川」の課題選者となったが、昭和5年2月肉腫のため死去。横山迫虹は「不器男は彗星の如く俳壇の空を通過した」と、その若い命を惜しみ、山本健吉は「茅舎とともに四S以降の最も輝いた星である。―不思議な近代感覚にきらめき青春俳句の珠玉を残した」(昭和俳句)と書いた。因みに”四S”とは水原秋桜子・山口誓子・高野素十・阿波野青畝をいう。
 寡作ではあったが、その一句一句は珠玉の作であり、散見する万葉調俳句もユニークであった。

 山霧や黄土(はに)と匂ひて花あやめ
 春の雷鯉は苔被て老いにけり

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