前のページ 次のページ

松尾芭蕉
松尾芭蕉の碑 松尾芭蕉の句 松尾芭蕉の肖像

 宇和島市天神町の臨海山龍光院の石垣の裾に、芭蕉のこの句碑があり、なにか芭蕉と宇和島の深い縁を感じさせる。
 蕉門の俳人服部土芳の「芭蕉翁全伝」には「母ハ伊与国宇和島産桃地氏女」とあり、川口竹人の「芭蕉翁全伝」にも「父は与左右衛門、母は伊予の国の産、いがの国名張に来たりて其家に嫁し、三男四女を生ず。嫡子半左右衛門命清、其次則翁也」とある。
 芭蕉が「野ざらし紀行」の中で―このかみの守袋をほどきて「母の白髪おがめよ、浦島の子が玉手箱、汝がまゆもやや老たり」と、しばらくなきて「手にとらば消えなんなみだぞあつき秋の霜」―と慕った母は宇和島の生まれだったのである。
 ちなみに俳聖芭蕉は正保元年(1644)伊賀国の生まれ、名は宗房。「俳諧七部集」「野ざらし紀行」「笈の小文」「奥の細道」など、多くの名句と紀行文を残した。元禄7年10月8日、難波の旅舎で支考に「旅に病で夢は枯野をかめ廻る」の病中吟を示し、4日後に死去、51歳。

 はる立や新年ふるき米五升
 あら何ともなやきのふは過てふくと汁
 花にうき世我酒白く食黒し

Copyright© UNIC.LTD. 1977-2012 All Right Reserved.