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伊予路の句碑行脚

 さて、四国中央市から順に駆け足で愛媛県内の句碑めぐりをしてみましょう。伊予路の句碑めぐりは、川之江の芭蕉塚から愛南町の芭蕉塚に終始する旅――の感がします。

東 予

■四国中央市

 『此阿多里目耳み由るも能み那涼し(このあたりめにみゆるものみなすずし)」県境に近い川之江町塩屋、純信堂前に建つ芭蕉の句碑です。川滝町の椿堂内は句碑の多いことで有名ですが、ここには同市出身の深川正一郎と画家の川端龍子や虚子、極堂の句碑がならんでいます。
三島地区には山口誓子、酒井黙然の句碑が多く、前者は三島公園などに、後者の句碑は金砂町柳瀬ダムなどにあります。
 土居地区には延命寺に弘法大師お手植えと伝えられる名木誓松あったが、今はすっかり枯れて無惨。かつてこの松を支えた石柱に三宅棹舟の「静かさや幾十かへりも匂う花」、芭蕉の「宿かして名をなのらずる時雨かな」などが刻まれている。

■新居浜市

 沢津2丁目、阿弥陀堂にある「長閑さや雨後の縄はり庭雀 一茶」は、新居浜で作られた句では最古のもの。一茶は寛政7年(1795)西国行脚の途中新居浜に立ち寄ったそうです。この句碑は昭和25年の建立です。滝宮公園、一宮神社に句碑が集中しています。滝宮公園には、極堂の「いつまでも忘れじ秋のこの旅を」など、一宮神社には漱石、子規、極堂の三文人生誕百年記念句碑があります。

■西条市

 古い城下町ながら意外に句碑は少なく、一茶(前神寺)、虚子(秋都庵)、芭蕉(武丈公園など4基)が主なところ。
桜の名所・実報寺の有名な「遠山と見しハ是成花一木」は一茶の寛政7年の作です。
小松町・一之宮神社の芭蕉塚、丹原町・西山興隆寺の黙然、極堂の句碑が有名です。

■今治市

 糸山公園と波止浜公園に虚子の「戻り来て瀬戸の夏海絵の如し」「春潮や和冦の子孫汝と我」が、それぞれ立っています。糸山公園には、ほかに極堂が立ち、波止浜公園には今井つる女の句碑があります。
 吉海町の高龍寺に「春もやゝけし支登ゝのふ月とう免(春もやや景色ととのふ月と梅)」など、宮窪町の港には壺天子の「城跡やたゞ秋潮の高鳴りに」がそれぞれ立っています。
 伯方島は阿部里雪のふるさと、「ここに見よ鼻栗瀬戸能秋夕日」などがあり、若くして逝った天才俳人・野村朱燐洞の「足袋すすげば干すほどの日ざし来ぬ」も―。

中 予

■松山市

 俳都・松山の句碑の数は300基近いと思われます。松山市教育委員会は市内とその近郊に点在する句碑や史跡を結ぶ「俳句の里めぐり」の4つのコースを設けています。フルコースを巡れば、俳句通になること請け合いです。
 子規の句碑は松山市内だけで54基。戦前から建っているのは土居田町の三島大明神、出合橋たもとの碑、末広町・正宗寺、そして石手寺の4基のみ。虚子の句碑は意外に少なく、東野町の御茶屋跡など6基。道後公園には鳴雪の代表句「元旦や一系の天子不二の山」があります。松山市駅前緑地帯には砥部町が生んだ名優・井上正夫の「南無三宝七十歳にはやとなり」が立っています。御幸寺山のふもと「一草庵」には、ここで果てた山頭火のものがあります。
 「涼志左や馬も海向く粟井坂」。これは粟井坂大師堂にある子規の有名な句です。北条地区も句碑の宝庫で、漱石、白陽、水草、長閑、極堂らが市内に立っています。とくに鹿島公園は遊歩道を散策しつつ句碑めぐりができるほどです。鳴堂、花叟、壺中、風生、鬼子坊、東洋城、淡紅、壺天子、霽月、草堂らの句碑を楽しみながら島を一周できます。虚子は幼少時代を同市西ノ下で過ごしました。このため同所の大師堂に「この松の下にたたずめば露のわれ」と「道の辺に阿波の遍路の墓あわれ」が立っています。
 また、中島の吉木には鬼子坊の「この島へ起き来る潮や初日影」があります。

■松山・俳句の里めぐり

[城下コース]

 「春や昔十五万石の城下哉」の子規の句碑(堀之内公園・JR松山駅前)に代表されるこのコースは、子規の生誕地・花園町―生い立ちの地・湊町三丁目―漱石の愚蛇仏庵跡・二番町三丁目―虚子の住居跡・湊町四丁目―などを結んでいます。

[散策コース]

 愚蛇物庵で漱石と暮らした子規が、明治28年10月7日に今出(西垣生)の村上霽月を人力車で訪ねてときの道をたどるコース。正宗寺から、カナ女頌功堂(西垣生)にある霽月の「朝鵙に夕鵙にかすり織りすすむ」の句碑などをたどります。

[道後コース]

 松山藩主・松平定行公の別荘だった竹の御茶屋跡(東野4丁目)を起点に、道後温泉周辺から西山の碧梧桐墓所(朝日ヶ丘1丁目)に至るコースです。

[城北コース]

 子規の師であった大原其戎の墓(大可賀1丁目)、県内最古の太山寺の芭蕉塚、悲恋の塚といわれる軽太子塚=比翼塚(姫原1丁目)などを巡るものです。

■東温市

 河之内問屋の白猪の滝には子規と漱石の句碑が仲良く立ちます。

■久万高原町

 三坂峠には山頭火の「秋風あるいてもあるいても」ほか一句、大宝寺には太山寺(松山)のものとならぶ県内最古の芭蕉塚があります。また、面河渓には黙禅、風生らの句碑があります。

■伊予市

 上吾川・称名寺に「蒲殿のいよいよ悲し枯尾花」、同じく鎌倉神社に「蒲殿のいよいよ悲し可連尾花」。いずれも漱石の作です。

■伊予郡

 松前町・技能神社には子規、極堂、虚子の比があり、砥部町には井上正夫の作品があります。

南 予

■大洲市

 市民会館前の「いざさらば雪見にころぶところまで」は芭蕉の作です。

■八幡浜市

 清水八幡神社に芭蕉の句碑2基。八代公民館に白春の項で紹介した「麦秋や佐田岬の十何里」があります。
保内町の川之石小学校に赤黄男の2句があります。

■西予市

 三瓶町朝立の三十峰滝に酒井黙禅の碑があります。

■宇和島市

 ここには東洋城の句碑が3基あります。伊達博物館には2句1基。この博物館は、ほかに不器男の句碑も。宇和津彦神社には芭蕉の有名な「古池や―」の句碑があります。

■北宇和郡

 松野町の松野小学校に不器男の「あ奈た奈る夜雨の葛のあなたかな」が建っています。また、松丸には芝不器男記念館もあります。

■愛南町

 御荘平城の観自在寺境内には、天保14年(1843)芭蕉150回忌に建立した「春の夜や籠人ゆかし堂の隅」があります。

 こうして伊予路の句碑行脚は、四国中央市の芭蕉塚に始まり、南予の芭蕉塚で終わりをづげることになります。

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